映画「マトリックス」の世界(3)
少しばかり経済学てき語彙の方向から考えてみよう。
生活の必需品は、それぞれの特性によって、人々にとっての有用物である。コンピューターは、20世紀の産物であるが、算盤のより開発したものとして、有用であると言う事です。確かに人々が知ろう人する思いを、時間と空間で短縮したので、社会の構造さえ変えそうな有用性と言う事になる。
リンゴの食べ物としての有用性(使用価値)は、お腹がすいていれば、誰にとっても、有用であると言う事です。確かに口内を怪我した人には、無理だとしても、それは治るまでと言う事でしか無いのです。リンゴのこの有用性は、人々の間に差異をつけないのです。
しかしリンゴのこの有用性は、手に入れた時に、発揮されるのであって、ただ手に入れて良い人と出来ない人がいるので、手に入れなかった人にとって、リンゴはどうするかと言う事なのです。病人には、木に登ってリンゴを採取出来ないが、共同体分業からすれば、健康な若者が代表して採取して、それを分配して食べ物にすると言う事になる。
しかしある社会では、その有用なリンゴでも、例えば物々交換によってとか、お金との交換によってしか、手に入らないのです。これはリンゴの有用性の問題ではない。誰にでも有用性が実現できるのにーー皆お腹がすいているから、食べるのですーーまず他者の所にあるモノを、自分のモノにすると言う手続きを経なければならないと言う事です。
この他者の所有を手に入れると言う事は、木になっているリンゴを採取する方法を工夫することとは別なのです。それは魚は、魚の住んでいる所を考慮して捕獲する方法があり、米には米の方法があると言う様に、有用物のそれぞれに特有の捕獲方法があると言う事なのです。それに対して、所有の場合には、物々交換か、お金による交換しかないのです。ただ無断でもらうと言う、窃盗があるのだが。
海にもぐって捕獲する魚に対して、他者の捕獲した魚を無断で持ってきても、魚を食べる事には変わりがないが、他者の魚を手にいれるのは、魚の在り方ではなく、所有物と言うレベルの問題なのです。
そこで考えられなければならないのは、リンゴの所有と言う事の理解です。リンゴはその成分Aによりとても美味しく食べるのです。この成分・Aを持つ個体としてのリンゴが、その成分を介して直接身体に関わる時、<リンゴー身体>と言う個体の間には、両者を結びつける「成分A」を実体とした、関係が成立していると定義するのです。
リンゴにとっては、自身を構成する成分ーー身から成長して行く時、外部からの栄養を蓄える器であり、同時に器自体を作るものとなっているーーであるが、身体にとっては、自身の生命を維持するエネルギー源であるとと言う事なのです。
この構造を、論理としては、 個体を、主体とその属性で表しているのです。

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生活の必需品は、それぞれの特性によって、人々にとっての有用物である。コンピューターは、20世紀の産物であるが、算盤のより開発したものとして、有用であると言う事です。確かに人々が知ろう人する思いを、時間と空間で短縮したので、社会の構造さえ変えそうな有用性と言う事になる。
リンゴの食べ物としての有用性(使用価値)は、お腹がすいていれば、誰にとっても、有用であると言う事です。確かに口内を怪我した人には、無理だとしても、それは治るまでと言う事でしか無いのです。リンゴのこの有用性は、人々の間に差異をつけないのです。
しかしリンゴのこの有用性は、手に入れた時に、発揮されるのであって、ただ手に入れて良い人と出来ない人がいるので、手に入れなかった人にとって、リンゴはどうするかと言う事なのです。病人には、木に登ってリンゴを採取出来ないが、共同体分業からすれば、健康な若者が代表して採取して、それを分配して食べ物にすると言う事になる。
しかしある社会では、その有用なリンゴでも、例えば物々交換によってとか、お金との交換によってしか、手に入らないのです。これはリンゴの有用性の問題ではない。誰にでも有用性が実現できるのにーー皆お腹がすいているから、食べるのですーーまず他者の所にあるモノを、自分のモノにすると言う手続きを経なければならないと言う事です。
この他者の所有を手に入れると言う事は、木になっているリンゴを採取する方法を工夫することとは別なのです。それは魚は、魚の住んでいる所を考慮して捕獲する方法があり、米には米の方法があると言う様に、有用物のそれぞれに特有の捕獲方法があると言う事なのです。それに対して、所有の場合には、物々交換か、お金による交換しかないのです。ただ無断でもらうと言う、窃盗があるのだが。
海にもぐって捕獲する魚に対して、他者の捕獲した魚を無断で持ってきても、魚を食べる事には変わりがないが、他者の魚を手にいれるのは、魚の在り方ではなく、所有物と言うレベルの問題なのです。
そこで考えられなければならないのは、リンゴの所有と言う事の理解です。リンゴはその成分Aによりとても美味しく食べるのです。この成分・Aを持つ個体としてのリンゴが、その成分を介して直接身体に関わる時、<リンゴー身体>と言う個体の間には、両者を結びつける「成分A」を実体とした、関係が成立していると定義するのです。
リンゴにとっては、自身を構成する成分ーー身から成長して行く時、外部からの栄養を蓄える器であり、同時に器自体を作るものとなっているーーであるが、身体にとっては、自身の生命を維持するエネルギー源であるとと言う事なのです。
この構造を、論理としては、 個体を、主体とその属性で表しているのです。
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