「は」と「が」・・・・野田尚史 くろしお出版・新日本語文法叢書(15)
「は」と「が」の理論
機能から見た「は」と「が」
機能としての「は」・・・・・主題を表す機能と対比を表す機能
機能としての「が」・・・・・主格を表す機能と排他を表す機能
「が」の二重性
格助詞 富士山が見える。
格助詞 君が主役だ
取り立て助詞 大坂の方が賑やかだ
取り立て助詞 神戸の方がいい店がある。
ーーー
大坂ではなく、大坂の<方>と言う事で、<方>で条件付けがなされている。
<大坂が賑やかだ>と<大坂の方が賑やかだ>の違いは<方>であり、「が」が表す個別性に対して、さらに<方>が加わる事で、個別性が引き立つと言う事です。
つまり、「が」によつて、<大坂の方>が、取り立てられている訳ではない。大坂や東京、神戸などの多数の地域の中で、一つの大坂に焦点をあわせているのです。多数の地域を前提にして、一つの地域としての大坂が取り上げられる。その意味で<取り立ての助詞>と言えるが、この時この取り立ての時、取り立てられる大坂が、地域としての多数を前提にして、いると言う事なのです。取り立ては、その前提にしている所で、一つが取り立てられたと言う事だが、問題はその取り立てられた一つの大坂と言う事ではなく、その前提になっている多数の地域の上で、一つを言葉にしている事なのです。それが「が」と言う助詞の働きなのです。
「が」が、大坂を取り上げる時、賑やかな地域が数多ある中で、大坂の賑やかさから、大坂が取り上げられて、言葉に表したのです。大坂=賑やかな所 と言う規定としてあり、「は」の様に大坂に賑やかさが付属していると言う事ではないのです。
大坂は日本の地域の一つであるが、しかしあくまでも日本の地域と言う集合の一つの要素としてあるのです。日本の地域と言う集まりとその一つの地域としての大坂と言う規定が、<大坂が、賑やかです>と言う言葉の「が」で表されているのです。
それに対して、<大坂は、賑やかです>は、「は」助詞によって多数の他の地域とは無関係にそれだけ取り上げているのです。当然ここには大坂しか無いのだから、賑やかと言う規定は、大坂自身がもつ属性としてある事を表すのです。
機能から見た「は」と「が」
機能としての「は」・・・・・主題を表す機能と対比を表す機能
機能としての「が」・・・・・主格を表す機能と排他を表す機能
「が」の二重性
格助詞 富士山が見える。
格助詞 君が主役だ
取り立て助詞 大坂の方が賑やかだ
取り立て助詞 神戸の方がいい店がある。
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大坂ではなく、大坂の<方>と言う事で、<方>で条件付けがなされている。
<大坂が賑やかだ>と<大坂の方が賑やかだ>の違いは<方>であり、「が」が表す個別性に対して、さらに<方>が加わる事で、個別性が引き立つと言う事です。
つまり、「が」によつて、<大坂の方>が、取り立てられている訳ではない。大坂や東京、神戸などの多数の地域の中で、一つの大坂に焦点をあわせているのです。多数の地域を前提にして、一つの地域としての大坂が取り上げられる。その意味で<取り立ての助詞>と言えるが、この時この取り立ての時、取り立てられる大坂が、地域としての多数を前提にして、いると言う事なのです。取り立ては、その前提にしている所で、一つが取り立てられたと言う事だが、問題はその取り立てられた一つの大坂と言う事ではなく、その前提になっている多数の地域の上で、一つを言葉にしている事なのです。それが「が」と言う助詞の働きなのです。
「が」が、大坂を取り上げる時、賑やかな地域が数多ある中で、大坂の賑やかさから、大坂が取り上げられて、言葉に表したのです。大坂=賑やかな所 と言う規定としてあり、「は」の様に大坂に賑やかさが付属していると言う事ではないのです。
大坂は日本の地域の一つであるが、しかしあくまでも日本の地域と言う集合の一つの要素としてあるのです。日本の地域と言う集まりとその一つの地域としての大坂と言う規定が、<大坂が、賑やかです>と言う言葉の「が」で表されているのです。
それに対して、<大坂は、賑やかです>は、「は」助詞によって多数の他の地域とは無関係にそれだけ取り上げているのです。当然ここには大坂しか無いのだから、賑やかと言う規定は、大坂自身がもつ属性としてある事を表すのです。
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