2023年05月03日

道元の思考

仏教の考えからすれば、人間は生まれながらに仏であると言う事なのです。
生まれながらに仏なら、仏に成る為の修行はいらない事になる。
お釈迦様が苦行の修行を実行して、結果として仏になったのだと言っているのです。
人々はお釈迦様の苦行としての修行を仏になるための修行と理解したのです。
そこで皆お釈迦様の修行を実行して、お釈迦様の修行を自分も実行して
仏になろうとしたのです。
釈迦様は、明け方、菩提樹の木の下で坐禅をしている時に、
人は生まれながらに仏だと悟ったのです。

幼い道元は、お釈迦様が悟った「人は生まれながらに仏である」に対して、人々は、仏になろうとして修行をしているのは、正しいことではないと思ったのであるが、それでも修行が必要なのが理解出来なかったのです。
釈迦様の修行の真似は、仏になる為にではなく、生まれながらに仏であると言う思考がどんな意味を
表しているか理解する事なのです。
つまり、お釈迦様が悟った「人は生まれながらに仏である」は、悟りを言葉に表しているだけであり、人々がその言葉に表されている内容を理解したとき、修行を実行することが、どんなことか、日々の身体実践として実行し続けられるのです。


あら
つまり
つまり、
posted by はとがの思考者 at 13:37| Comment(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月24日

言葉の道筋(1)

日々話したり、書いたりしている言葉を一つの構図で考える。

「頭の中・認知=A」ーー「りんご=言葉の集まりとしてのC」ーー「言葉が指示するモノ=B」
と言う構図を考える。

まず、[リンゴ]とは、Cグループに属する一員で、[りんご = 言葉]と言いたくなる。最初から言葉ではなく、ただCグループの一員だと言う事が始まりなのです。
そのC一員である[りんご]が、Bのグループの一員として、実物であるモノに対して、名指す事で、Cには、[りんご]と言う名前が付くことに成る。声帯の震動、インクの跡としてのCは、ただその通りだが、実物であるBの一員との間に[名指す]と言う関係が生じた時、初めて言葉としての[りんご]となるのです。


Cの一員で有るだけなのなら、けっして言葉としての[りんご]に成らず、私達が発音したり、インクの痕跡を残しても、ただ声帯の震動の真似でしかない。其処から実物との間に[名指す]事に成れば、Appleは、実物との間に名前と言う関係を持つ事で、言葉としての、名前としての、Appleとなるのです。

そこで実物に対して、[りんご][Apple]が名前であるとは、いかなる事なのか問う事ができるのです。

[りんご]と言う声帯の震動は、話し言葉であり、白紙の上のインクの跡では、書き言葉となる。現代では、ディスプレーの光の輝きと言う事になる。白紙の上のインクの痕跡は、特定の線の痕跡なのだが、同時に声帯の震動としての音声でもある。今日は、インクの痕跡としての書き言葉が、私達の目の前に広がっていても、同時に声帯の震動としての話し言葉が伴っていて、独り言を言いながら、文字言葉をきしているのです。
さて、[Apple]と記しながら、そのインクの跡が、ある実物と名指すという関係を形成しているなら、[Apple]と言う痕跡は、[Apple]と名指して、実物をよりどりしててにいれるのです。

Cの一員、言葉としての[リンゴ]は、Bのグループの一員に属して居る実物に対して[リンゴ]と言う言葉を名前として、使うのです。[リンゴ]と言う言葉は、たんにCの一員に過ぎないだけなのだが、実物に対して、名前として働く事で、言葉の一員であるCであることが、実物に、名付けると言う関係を形成するのです。

[りんご]「Apple」とは、Cグループの一員として、言葉なのだが、同時にCの一員でありながら、実物であるBを、名指す事で、ことばとなるのです。



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posted by はとがの思考者 at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カントの認識

私達生き物の、頭の中で形成される認識に対して、その認識から独立して、それ自体で生存するものを、物自体と言う。
物は、認識の中で、認識の形態として存在するのではなく、頭の中の認識から、独立した、それ自体の存在という事になる。

つまり、頭の中の認識として存在する物と認識から、独立してある物と言う区別が建てられている。

この時、認識に対して物自体を想定し、その物自体が、認識の存在とは独立していると規定した。しかし認識の存在と物自体の存在とは、独立した関係であると言葉で表しても、



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posted by はとがの思考者 at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする